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資材置き場のこと、美術のこと

  • 執筆者の写真: Kai Syoujikimonono
    Kai Syoujikimonono
  • 2023年3月7日
  • 読了時間: 3分


これは玉田玉山さんか関わっていた頃の公演の立て看板ですね。いいなぁ。「なんか無料で見せたい」って。新入生歓迎公演なのかな?だとすりゃ無料でもそりゃそうですね新入部員をゲットすることがまさに死活問題なわけですから。膝に「演」「劇」ってあるの、なんでしょうね。好きです。


そう、僕らも立て看板、作りました。もちろん大学構内に立てるものですから、京大の連中を関わり始めて百万遍の石垣にでかいの作ったりとかいうのに接して「あぁ!タテカンっておもろいんや!」って思った覚えがあります。京都産業大学は(僕が知る時期には)とってそのあたりキュウキュウしてて、学内で配るチラシや、そこらに貼り付けるチラシに、いちいち学校さんのハンコ(これ貼っていいですよってもの)をもらわないといけなかったんです。きもちわるいんですが、それを「気持ち悪い」と思うようになるのも、おそらく京大の連中と付き合うようになってからだったんでしょうね。


タテカンは(これもそうだと思いますが)ベニヤ板にペンキで描くスタイルでした。そのペンキだとか、ベニヤ板だとか、枠組につかう木材とか。そう言ったものは流石にクラブのボックスには入れておけません。前記事にも書きましたように、狭いし文芸部さんと共有でしたから。

美術の材料もそうですし、昔使って「また使いまわせるかもしれない台や部材」、衣装やペンキやなんかやか…そういったもの保存場所は、劇団にとって本当に悩みの種です。で、そこがやっぱり学生劇団の大きなアドバンテージでした。今思うと。

劇団ACTはボックス以外に「資材置き場」がありました。これも多分どこか他の部とシェアだったかもしれません。大教室棟ってのの下の方ですね。壁はなくて吹きっさらしですが、屋根があるだけで相当ありがたい。高さは4mものの材料がゆうに立てて置いとけましたし、広さも結構(奥行き2間、間口3間ぐらいじゃなかろか?)ありました。


私は幼少の頃から工作好きでしたので、美術を作るの率先してやった覚えがあります。ただ絵を描いたり美的なセンスがないもんで、もっぱら釘打ち、ノコギリひきですね。資材置き場の前でトンカントンカンやってました。


僕が入った当時の劇団ACTは、スタジオバリエやKSKホールといった小さい学外スペースを借りて公演をすることが多く、それは何か主義とかコンセプトがどうではなくて、「先輩がそうしてたからそのまま」惰性でやってたと思うんですが、なんせ小さいんです。だから美術っつってもそない物量があるでなし、舞台上に段差をつけるための台をこさえたり、あとは書き割りですね。

これもスペースの小ささに起因しますが、どうしても上下(舞台の左右)のデハケ口(入場、退場する出入り口)に舞台に攻めてくる形で「袖」が必要になります。お客さんから舞台裏が見えないように隠さなきゃならない。暗幕(黒い幕)を天井から吊って「袖幕」とすることもありましたが、どうもそれでは「手抜き」というような空気がありました。


…。いや手抜きというか「そういう感じの芝居をするなら袖は幕が良かろうけれど」というか。「そういう感じ」というのがどういう感じかというのを説明するのが長くなるので一旦すっ飛ばしまして、なんせ、その公演の脚本の世界観にそぐう、なんか模様であったり、形であったりをベニヤにペンキで書いたり、段ボールや発泡スチロールで立体にしたりして、袖にする。のが僕が先輩から教わった「普通」でした。

なもんで僕は「カキワリ」というのは「袖を隠すもの」だと、ずいぶん長い間思い込んでいました。だから演出する時も、袖幕のことを「カキワリ」って呼んでた(笑)多分ずっと後になってどっかで恥をかいたんでしょうね。それも忘れました。


 
 
 

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